2006年2日目

広島国際アニメーションフェスティバルにボランティアで来ています。
午前7時起床。7時40分頃にホテルで朝食だが、ロビーが混雑。8時頃に食べにきた方がすいているようだ。
8時55分に部屋を出たが、到着9時20分すぎになってしまい集合時間に遅刻。東横インから会場までは急いで歩いても20分はかかる。
夕方までお手伝い。夜はコンペティション部門のアニメ上映会。体調イマイチに付き、会場前のつけ麺屋さんで前回同様、夕食。あいかわらず愛想が悪いので、二度と行かない。ポスター会場会場前のつけ麺屋で夕食。


広島アニメフェスティバル マッキントッシュ・アニメーション・メイキングワールド

広島アニメフェスティバル今日は夜のコンペティションまで1日お手伝い。9時から18時まで。(GOTO)
実は今回の広島行きの一番の目的はこのプログラムのお手伝い。初 めて広島のアニメーションフェスティバルに行ったのは1998年。当時この動画体験プログラムを担当していた方も含めて数名で夜、食事に行った。とっても 楽しい時間を過ごした。次の2000年にも行く予定はしていたが、どうしても予定が立たず断念。2002年は必ず行ってまたみんなに会いたいなぁ・・・と 思っていたら、2000年末、このプログラムの担当者が事件に巻き込まれ2度と会えなくなってしまった。「人に会うのをなまけてはいけない」と強く思っ た。「世田谷一家四人殺人事件」という名称で知られる事件の犯人は未だ捕まらず。ちなみに事件を担当している成城警察署では賞金200万円を出して犯人逮 捕に繋がる情報を得ようとしているが、混迷を極めているのは明白。そんな経緯もあり、広島アニメフェスには少し他とは違う感情が入っている。2002年、 動画体験プログラムは私のお友達が担当することになり継続。去年は少しだけしかお手伝い出来なかったので、今年はちゃんと予定通り1日お手伝い出来て満 足。(KURO)


広島国際アニメーションフェスティバルのお手伝いで広島に向かう。

ヒロシマ国政アニメーションフェスティバル今年で10回目(20年目)を迎える広島国際アニメーションフェスティバルのMac関連のイベント企画のお手伝いで広島に向かう。2泊3日の予定。
午後に名古屋を出て、5時前にホテルにチェックイン。とりあえずスタッフ登録をすませるため、会場のアステールプラザに向かう。
登 録をすませて、今回お手伝いをする「Macでアニメを作ろう」の部屋へ。フェスティバルは19日からだがGOTOKUROのお手伝いは21日のみの予定。 企画は6時までなので、それまで使用するソフトの確認したり説明を聞く。6時半からは、毎晩コンペティションの作品上映があるので、大ホールへ。この上映 が9時まで。終了後、近所のつけ麺屋で食事をしてホテルに帰る。1日目はこうして終わった。(GOTO)


KURO体調崩す

アニメフェスティバルでMontaさんのアニメーション体験コーナーのお手伝いをする予定だったが、昨晩からど〜にも体調が悪く、売薬で1日頑張るか、名古屋に戻るか迷ったあげく、あまりの辛さに断念。何のために広島まで行ったのだ〜!!!と自己嫌悪には陥ったが、帰宅したら体が辛くて、そのままダウン。心配したGOTOが早めに戻ってきてくれた。優しい旦那に感謝。やっぱりおうちがいい(KURO)


広島アニメーションフェスティバル

スタッフ証4年前同様、路面電車に乗って、会場へ。見覚えある風景を懐かしく思いつつ、アステールプラザに入る。Montaさんが行っているアニメーション体験の部 屋に行く。お手伝いを予定しているのでパス申請してもらっていたが、苗字が旧姓になっていた。まだ、Montaさんは私が結婚したことに慣れてないらし い。一生慣れなかったりして。
私の楽しみは夕方から始まるコンペ。20作品が上映されたが、印象に深かったのは「No More Red Pencil」。戦争で流される血は要らないという意味を含めたタイトル。赤は子供の好きな色のひとつだけに辛いと感じた。コンペ終了後、フェスティバル ディレクターの木下小夜子さんが会場を出られるのを見かけた。声をかけようかどうしようか迷っているうちに、木下さんは足早に去っていかれた。どうしても 躊躇しちゃうのよね。こういう場面で (KURO)。


ホテルフレックス

ホテルフレックス隔年開催の広島アニメーションフェスティバルに行った。まずは宿泊予定のホテルフレックスへ。こじんまりしてるけど、モダンで洒落たレストランみたいな感 じ。部屋はネット価格5,250円のを予約。流石にこの価格だと部屋はふつ〜で、窓の外は壁(笑)。でも、ホテル前はリゾートな雰囲気で、昔行ったモルジ ブを思い出した。あ〜、海外に行きたい!(KURO)。

ホテルフレックス